女性天皇=中継ぎ は嘘!?歴代の女性天皇について解説します
みなさんこんにちは那津です!
昨日に引き続き今日も歴史にまつわるちょっとした話をしたいと思います!
今日は女性天皇についてです!
みなさん天皇になった女性は今まで何人いると思いますか?
なんと8人しかいないんです!
皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する
と書かれているように現在女性が天皇になることは法律上できません
このように天皇=男性 というイメージがついてしまっている中で女性天皇はよく中継ぎの天皇と表現をされたりします
しかし本当に女性天皇は全員中継ぎなのでしょうか?
今回は歴代の各女性天皇について簡単に説明をしながら女性天皇は本当に中継ぎなのか考えて行きたいと思います!
①推古天皇
推古天皇は593年から628年まで在位していた天皇で女性初の天皇としてみなさんも聞いたことがあるのではないでしょうか?
推古天皇は聖徳太子を摂政として冠位十二階を制定したり、十七条の憲法の制作、遣隋使の派遣、「天皇記」「国記」製作などを行いました
この時代は聖徳太子(うまやどおうじ)と蘇我馬子の二人が政治の実権を握っていたので二頭の馬が推古天皇を引っ張っていたと言われたりします
この表現の仕方面白いですよね笑
②皇極天皇・斉明天皇
皇極天皇・斉明天皇は特殊な人物で今まで二人だけしか例のない天皇に二度即位した人です!
皇極天皇としては642年から645年まで、斉明天皇としては655年から661年まで在位をしていました
皇極朝の頃の出来事としては聖徳太子の子どもである山背大兄王を蘇我入鹿が襲い、自殺させる事件などがありました
斉明朝の頃の出来事としては阿倍比羅夫が蝦夷を討事件などがありました
ちなみに斉明天皇は百済救済のために中大兄皇子(後の天智天皇)らと筑紫にいきましたが、朝倉橘広庭宮で急死してしまいました
③持統天皇
持統天皇は686年から697年まで在位していた天皇で天武天皇の正妻です!
実は天武天皇が建てたとされる薬師寺は持統天皇が病気だったときに回復を願うために作られたんですよ
優しいですよね笑
持統朝の頃の出来事としては飛鳥浄御原令の施行や藤原京への遷都があります
また天皇としては官制の整備、百官の遷任、戸籍の一つである庚寅年籍の作成など律令制度の完成に力を尽くしました!
④元明天皇
元明天皇は707年から715年まで在位していた天皇で主な出来事に皇朝十二銭の始まりである和同開珎の鋳造や奈良時代の始まりである平城京への遷都、出羽国、大隅国の設置、蓄銭叙位令の施行や古事記の完成などがあります!
⑤元正天皇
元明天皇は715年から724年まで在位していた天皇で主な出来事に藤原不比等による養老律令の作成や百万町歩の開墾計画、三世一身の法や日本書紀の完成などがあります!
⑥孝謙天皇・称徳天皇
孝謙天皇・称徳天皇は二人しかいない重祚をして二度天皇になった人物です!
孝謙天皇としては749年から758年まで、称徳天皇としては764年から770年まで在位していました
孝謙朝の頃の出来事としては養老律令の施行や橘奈良麻呂の変、東大寺大仏開眼供養などがあります
称徳朝の頃の出来事としては恵美押勝の乱があります
称徳天皇は道鏡というお坊さんが好きすぎて太政大臣禅師や法王などの高い地位を与えてついには天皇にまでしようとしたんですよ笑
しかし宇佐八幡信託事件によって道鏡が天皇になることはなくなりました
このような事件があったためこの時代のことを書いた続日本紀は女性天皇のことをあまりよく書かなかったりするんです
ここからの天皇は江戸時代に即位した人物でこの二人に関しては完全に中継ぎとしての天皇です
⑦明正天皇
明正天皇は1629年から1643年まで在位していた天皇で父である後水尾天皇が紫衣事件のため、突然譲位をしてしまったことによってピンチヒッターとして即位をしました
しかし天皇になっても父の後水尾上皇が院政をしていたため実権はありませんでした
⑧後桜町天皇
後桜町天皇は1762年から1770年まで在位していた人物で前天皇である桃園天皇が崩御(亡くなった)際に次期天皇(後桃園天皇)が幼少であったため、その成長まで皇位を継いでいました
女性天皇=中継ぎ?
女性天皇をこれまでみてきましたが果たして女性天皇は中継ぎの天皇でしょうか?
結論から申し上げますと必ずしも全ての女性天皇が中継ぎであるとはいえないと思います!
例えば推古天皇の場合30年以上在位し続けています
中継ぎの天皇なのにこれだけの期間在位し続けることがあるでしょうか?
持統天皇の時には藤原京に、元明天皇の時には平城京に遷都しています
中継ぎの天皇の時代にこのような一大プロジェクトを行うでしょうか?
たしかに江戸時代の二人の女性天皇のように完全に中継ぎとしての天皇は存在します
しかしそれは男性天皇であっても起こり得ることであって、例えば院政全盛期では上皇が実権を握っていたため、その時代の天皇は飾りのようなものです
このようなことを踏まえると女性天皇は中継ぎの天皇であるという考え方は改める必要があるのではないかと思います
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回は女性天皇の立場について考えてみました
女性天皇=中継ぎという考え方はジェンダー論にも繋がる話題だと思うので慎重に考える必要がありそうですね
拙い文章でしたが、ここまでお読みいただきありがとうございました!
また明日も歴史にまつわる話をお届けしたいと思いますのでよかったらぜひ見てください!